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私的物書

音楽、映画や美術。

『月に囚われた男(Moon)』(2009)

2009年公開のDuncan Jones監督第一作目となる『月に囚われた男』です。


MICK RONSON & DAVID BOWIE-Moonage Daydream

監督のDuncan JonesはDavid Bowieの息子ということで、私的にはこの映画のタイトルやSFをテーマから父親の面影を隠すことはできませんでした。父親がジギー・スターダストというロックスターに扮して月という舞台に憧れたように、息子は映画監督としてこれまでのSF映画の定番ともいえる月に魅入ったのかな、とも思いました。

地球の資源に底が見えたことをきっかけに月にそれを求めた時代が舞台で、主人公サムは月での資源採掘を担当する三年契約労働者。彼は契約満了まで2週間に迫っていたが、採掘機の事故がきっかけにとんでもない事実を目の当たりにする。といった具合の話です。

この映画のポイントは、SF映画のこれまでの歴史を踏襲し近未来という舞台設定を築きつつも、現代社会の従属的な労使関係をベースにしてストーリーを展開しているところにあるのではないでしょうか。

第一点に挙げたSF映画の踏襲という点では、『2001年宇宙の旅(2001: A Space Odyssey)』の舞台芸術が色濃く反映されていると思いました。しかし、『月に囚われた男』を製作する時にはきっとデザインの情報は既にたくさんあってその中から選択すればよいのですが、『2001年宇宙の旅』は未知の未来をデザインしそれが今日でも古びていない、という点で意義が全く異なっていると思います。ただ、その選択のセンスが良かったのかなとも思いました。また、『2001年宇宙の旅』のHALが発する目力と『月に囚われた男』のガーディの目力には似たようなものを感じました。

次は労使関係についてです。この労働者と使用者という関係が背景にあると思いました。主人公サムは契約労働者で企業に仕える人間として自分の仕事に全うしていたはずが、実は企業によってクローンというを作らされていて、そのクローン自身も自身がクローンと知らずに仕事に全うします。この従属的な情報操作や、倫理観も糞もないところ、使い勝手の良いように人間を労働力供給機とみなしているところで、今日のIT土方や底辺労働者の面影も見えてくるのではないでしょうか。これらの結実として最後のナレーションであると私は強く感じました。結局はこうした威圧的な労使関係というのは虚構であるに過ぎず、今作ではかなりの労力を要しましたが、その巨大な構造は簡単に崩れてしまうということなのではないでしょうか。

 

SF映画としても名高い今作ですが、社会風刺の効いた作品という一面を持っているように思いました。

以下ポスターです。 

http://tthk-18.tumblr.com/post/140805492123/moon-directed-by-duncan-jones-2009